■後日談
「……、どうしてあんたがここにいるんだ?」
すっかり顔色もよくなり、まさしく憑き物がおちたような佐々木兵衛は空きのはずの反対側の隣家に入ろうとしていた幻殃斉に声をかけた。
「三國屋どののはからいで……、ああ、あちらも」
のんきに言った幻殃斉が指さした先に、仮面の芸人が大荷物でやって来るのが見えた。先日三國屋でみごとな一人芝居を見せた芸人であった。
「モノノ怪が祓われて、三國屋殿も本気で店子を探しておるようでな……、まあ、仮にまた何かあったとしてもこの柳幻殃斉がいるかぎり!」
一人でまくし立てる幻殃斉にへきえきして、兵衛は逃げるようにその場を離れた。井戸のところまで来ると、元からの住人である志乃と、一人息子の萬太郎が食事の支度をしていた。にっこりと会釈をする志乃と、やわらかく笑う萬太郎に会釈を返すと、萬太郎がとてとてと近づいて来た。
「ひょうえさまは、もう、怖くない?」
無邪気に問いかける幼子に毒気をぬかれながら、苦笑して兵衛が答えた。
「すまないな、怖い思いをさせたか?」
ふるふると萬太郎は首を振り、言った。
「大丈夫、薬売りさんが助けてくれたから。あの薬売りさんね、僕が生まれる時も、おっかあを助けてくれたんだって、おっかあが言ってた、だから、もう大丈夫だって」
萬太郎が母をかえりみると、志乃は料理の手を止めずに無言の会釈を返した。
また助けられてしまったな、と、兵衛は思い、萬太郎に尋ねた。
「薬売りはいずこへ?」
すると萬太郎は少し考えた様子を見せて、言った。
「わかんない、でも、きっとまたモノノ怪を探しに旅に出たんだって、お坊様が言ってた」
そう言って、笑う幼子につられて兵衛も長い髪の隙間から除く口元に笑みを浮かべた。
[牡丹灯篭・終]