もののけどんぶらこ

-牡丹灯籠 後編-

■牡丹灯籠の理

 結界の外はほの明るく、闇に灯っていた牡丹灯籠が、ぼんやりとしていた女の姿をはっきりと映し出す。
 美しい、女だった。

 かちゃり、と、音を立てて、薬売りが退魔の剣を女にかざす。

「かつて、ここには男がいた。男の名は新三郎、幽鬼に恋い恋われ、共に冥土へ旅だった……女、露の持っていた牡丹灯籠、それが、お前」

 しゃらん、と、牡丹灯籠の花びらが一枚散って落ちる。

「残された牡丹灯籠は、主と共に、冥土へは行かなかった。睦み合う新三郎と露、同じように、男を虜とし、共に冥土の道連れと成さんとした、これが、……真」

 しゃららん、と、牡丹の花びらがまた、散って落ちる。

「露と新三郎、二人の妄執が名残となって、牡丹灯籠の形を成し、再び誰かを冥土の道連れとしようとした、人の女でありたいと願った……それが、理!」

 とたんに、牡丹の花びらが花吹雪となって、一瞬薬売りの視界を塞いだ。しかし、薬売りは舞い散る花吹雪の中こう叫んだ。

「形、真、理をもって、剣を、解き、放つ!」

 薬売りの言葉に、退魔の剣が同音をもって答えると、薬売りは褐色の肌をもつ魔人へと姿を変えた。抜き身の退魔の剣をたずさえて、身を覆い隠すものをもたない女に対峙する。

 女は、逃げもせずに、まっすぐに魔人を見つめた。にっこりと微笑むと、うれしそうに魔人へ手をさしのべる。魔人もまた、事を性急にはすすめなかった。退魔の剣をたずさえたまま、女の抱擁に身をまかせる。
 もし、結界の外から中の様子が見えたのならば、魔人と女は恋人同士のように睦み合っているように見えただろう。
 しかし、それは夢、……一瞬の、幻。

「清め、祓うぞ」

 抱き合う女の耳元で魔人が囁く。

 女は覚悟を決めたように、しっかりと魔人を抱きしめた。

「……許せ」

 退魔の剣が、女の身を貫いた。美しい容貌の女の肌は溶け、白い象牙色のしゃれこうべになり、花びらのようにかさかさと崩れていった。

 ちん!と、澄んだ音を合図に、まるで結界などなかったように、薬売りは元の姿に戻っていた。
 足下に散らばった牡丹の花びらは、風に散って形も残らなかった……。

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