もののけどんぶらこ
-牡丹灯篭 前編-
■長屋にて
予想通り、というか、佐々木兵衛は己がアヤカシに憑かれてるとは認めはしなかった。通ってくる女人がおありではないのか、という幻殃斉の直裁《ちょくさい》な言葉にも黙りこむばかり。このままでは埒が開かないと、幻殃斉、源慧は志乃の部屋で様子をうかがう事にした。騒動がおさまるまで志乃と萬太郎は三國屋へ間借りする事となり、いるのは幻殃斉と源慧のみ。
双方、居心地の悪さを感じていた。
「修験者殿は何故そう遠くにお座りなのですか?」
「御坊の性癖を存じておりますゆえ、二人だけでは、危ない危ない」
おどけて、ぶるる、と、身震いをすると、源慧はにっこりと微笑んで言った。
「いえいえ、私にも好みというものがございますから」
底知れぬ笑みに戦慄を覚えた幻殃斉は後ずさり、外へ出ようとした。
ちゃりん、がちゃがちゃ、がちゃがちゃ。と、金具が噛み合わされるような耳障りな音がして、見上げると。
「そ……、そなたは!」
幻殃斉が声をあげようとした瞬間、顔面に下駄がふってきた。ぐぎゃ、と、ガマガエルの潰れるような声がして、下駄の持ち主は驚いて足をどけた。
「いやあ、これは、うっかり、うっかり」
■薬売り登場
「しゃれこうべ、ですか」
源慧と幻殃斉から事の次第を聞いた薬売りは、佐々木兵衛宅のある方の壁をじっと見つめた。透けて見えるはずのない壁の向こうを凝視する姿は、まるで壁の向こうが見えているようだった。
「だから!これは狐の妖《あやかし》だと先ほどから身共《みども》がっ!」
「狐かどうかは実物を見なくてはわからないと申しているではないですか」
二人の言葉をまったく聞かずに、薬売りは外へ出た。すでに夕刻を過ぎ、あたりは暗くなってきている。
ぽうっ、と、明かりが近づいて来るのが見えたかと思うと、まるで足がないようにつつっと、美しい女が姿を表した。
灯っていた明かりは牡丹の形をした手燭で、白く薄い花びらがぼんやりと灯り、女の美しさをいっそう引き立てていた。
女が兵衛の部屋の前で立ち止まり、扉を叩くと、兵衛が姿を現した。他には見せたことの無い、おだやかな顔だった。
女が兵衛の部屋へ消えていくのを、薬売りは黙って見つめていた。
「やはりあれは狐の妖!」
「いや、あれは兵衛殿に切られた怨霊」
幻殃斉と源慧が口々に勝手なことを言っていたが、薬売りはそのどちらにも頷かず、
「形を得たり……」
と、つぶやいた。
「薬売り殿、では……!」
幻殃斉と源慧が声を揃えた。
「……あれは、牡丹灯籠《ぼたんどうろう》だ」