もののけどんぶらこ

-牡丹灯篭 前編-

■三度、三國屋

 上座には、幻殃斉、源慧、そして薬売りが。中央にいる三國屋多門は、まるで問いただされるのをおびえている下手人のよう。その様子を志乃親子が見守っていた。
 志乃が薬売りに深々とおじきをすると、薬売りはふくふくと育った萬太郎を見て、かすかに口元に笑みを浮かべた。

「三國屋さん、あなた、何かご存じなんじゃありませんか?」
 薬売りが無表情に尋ねると、三國屋は脂汗をながしながら赤くなり、青くなり、そして黄色くなった。
「そうであった、三國屋殿は食えない商売人である事を身共達は忘れていた」
「何か事情があるのであれば、まずそれを先に言うべきではありませんか?」
 幻殃斉、源慧からも冷ややな言葉が浴びせられると、三國屋は、ひぃぃぃぃ、と、泣きそうな悲鳴をあげた。

「長屋の因縁については、私から語らせていただきましょう」

 ぴしゃり、と、襖が開き、一人の旅芸人が姿を現した。顔には面をつけ、声からすると女のようであったが、それも声色であったかもしれない。背負った葛篭《つづら》をどかりと下ろすと、おもむろに面をつけかえた。

■旅芸人の語り「長屋の因縁」

 それは、三國屋さんがあの長屋を買う前の事。一人の男と、一人の女が、天神様の境内で出会った事から始まります。
 女の名は露。
 男の名は新三郎と申しました。

 旅芸人はどうやっているのか、瞬時に面を女面に変えた。すると、声色が完全に女のものとなった。

「新三郎様、ここを開けて下さい、私です、露でございます」
 女面をつけた旅芸人が美しい女のように見える。手の動きから、扉をなでているのがわかる。それは大層官能的な姿だった。すると今度は面が男のものに変わる。
「いいえ、お帰り下さい、露殿、……あなたは、既にこの世の者ではありません、あるべきところへお帰りなさい」
 声は低く響く男のものとなっていた。
 再び面が女のものに変わる。
「新三郎様……、しんざぶろうさま……」
 泣き崩れる女が、すっと立ち上がり、ぱっと梅の花が散った。

「新三郎と露は、亀戸天神の梅見の会で初めて出会い、恋いに落ちました」
 先ほどの男女とはまた違った声色、凛とした女性の低音で、旅芸人が語りだした。
 露が恋を成就する事なく病でみまかった事。
 露が死んだ事を知らぬまま、幽鬼となった露と新三郎が逢瀬を重ねた事。
 ……そして、最後には露が新三郎をとり殺した事。それらが、仮面による一人芝居で巧みに演じられている。仮面の早変わりもさることながら、その声の移り変わりに、一同は当初の目的も忘れて聞き入っていた。

「二人は共に葬られたと、伝えられております……露がさげていた牡丹灯籠と共に」
 全てを語り終えた旅芸人は狐の面に煙管をふかし、最後は語り部然とした男の声色で言った。

----------------------------------------------

「以上、あの長屋で起きた事件の顛末でございます」

 語り終えると旅芸人は姿を消した。

「旦那様……!では、あの長屋は!」
 一瞬の白昼夢から覚め起きたように、志乃が三國屋に詰め寄る。どうりで他に住む者がいないはずだ。
「いや、しかし既に露殿と新三郎様はきちんと弔われて成仏したものと……」
 三國屋は既に半泣きだ。
「あれは幽鬼や妖《あやかし》ではありませんよ、あれは、……モノノ怪です」
 ちゃり、と、薬売りが退魔の険に手をかけ、皆み向けて言い切ると、幻殃斉と源慧がごくりと唾を飲み込んだ。

-Powered by 小説HTMLの小人さん-