もののけどんぶらこ
-牡丹灯籠 後編-
「離せぇぇぇ!私は!憑かれてなどいない!」
兵衛を縛る源慧の手際がやけにいい事に幻殃斉は困惑したが、さらに怖い考えになりそうだったので深く考えないようにした。縛り上げられた兵衛を、志乃親子の家へ閉じこめ、長屋の入り口には札の結界を、兵衛の部屋の入り口に天秤を並べる。
「やはり、ここで待つしかないのか、……明るいうちに、墓をあばいておくべきだったのではないのか?」
手から逃げようとする天秤に手間どいながら、幻殃斉がぼやいた。
「おや、幻殃斉殿は天秤に嫌われておいでのようですね」
にこりともせずに薬売りが言ってのける。
「知るか!そもそもこれはそなたの道具ではないか!……まったく!扱いにくいところは主にそっくりなようだ」
ぶつくさ言いながら幻殃斉は作業を止める事はしなかった。
「しかし、役には立つ……もしかしたら、あなたよりも」
と、源慧が茶化す。言い返そうとした幻殃斉を薬売りが制した。
ごつん!と、大きな音がする。
「……お静かに」
後頭部を退魔の剣でこずかれた幻殃斉は痛みに涙が出そうになったが、ぐっとこらえて息を飲み込んだ。
しゃらん、しゃらん、と、音をたてて、ほの暗い道の先に、ぼんやりと灯った明かりが近づいてくる。
しゃらん。
「形は……、牡丹灯籠」
しゃらん。
「真は……、好いた男を黄泉路へ誘う事」
しゃらん。
「……、では、理は……?!」
薬売りが退魔の剣にささやく。
しゃららん。
音が止まり、ゆらり、と、灯籠が風に揺れた。生ぬるい風が、ねっとりとした溶媒のように、薬売り達を包み込んだ。いつしか灯籠は美しい女の姿を描き出していた。
カッ!と、目を見開き、薬売りが灯籠を見つめる。
「……、そうか、それがお前の理か……」
立ち上がった薬売りは、結界の外へ足を踏み出そうとしている。続こうとした幻殃斉達を、剣の柄で押し戻した。
「あなた方は、ここから出ないでいただきたい」
きっぱりとした背中に、幻殃斉と真言を唱えていた源慧がぴたりと止まる。
「お願いします」
振り向いて言った薬売りの顔が予想外にすまなさそうであったので、毒気を抜かれた幻殃斉と源慧は、そのままあとずさり、結界の外へ消えていく薬売りの背を黙って見守っていた。
言葉が悪くとも、モノノ怪を祓う事に関しては、その男は自分たちよりも上手であるという事を、幻殃斉も源慧もよくわかっていた。